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ハードボイルドエッグ 第二話
ポコリ―透明な液体の中を泡が水面まで浮かび上がり、音を立てて消えていった。後に、いくつかの泡が続く、その間隔はだんだんと早くなっていく。その液体の中には、白くて丸い固体が入っている。―卵だ。懐中時計は、今日も正確に時を刻んでいる。


「私がやります。」
「いいの。これだけは私がするの。」
かほりとともは、鍋の前で押し合いへしあいしていた。ともがお手伝いにきてから3日経つが、毎朝このおしくらまんじゅうをしている。
「ゆで卵くらい簡単ですから。」
「くらいですって?あなた、ゆで卵を馬鹿にする気!?シンプルな物ほど難しいのよ。ゆで卵たって、ちゃんとした固ゆで卵じゃないと朝は駄目なの。ちゃんと時間を測って一分一秒の狂いもなく、あなたは任務を遂行できるわけ?」
「きちんと時間を測ればいいんでしょう。出来ます!」
「とにかく、私がするの!」
かほりは懐中時計を覗き込んだ。
「時間だわ―」
手早く鍋を火からおろし、水を勢いよく入れる。それが、ここ数日のバトル終了の合図だった。ともはため息をついて、サラダを作り始めた。レタスをちぎる。


「何ですか!これは!」
正の叫び声が聞こえた。
「どうしたのですか?」
ともはパタパタと小走りで正のいる食卓の方へと行った。正は指をさし、口をパクパクしている。指の先には薄汚れたダンボールの箱があった。何かしら?ともが見つめていると、後ろからかほりがやってきた。
「ああ、それね。」
手には、ゆで卵を持っている。
「家の前に落ちていたから拾ったのよ。」
にっこりと微笑んだ。その時ダンボールの中からニィ…と、か弱い声が聞こえてきた。


ダンボールの中をともは覗き込んだ。
「かわいー!!」
とたんに、ともは目を輝かせて言った。大きなくりくりとした目、ふわふわの毛、小さな足―ダンボールの中に入っていたのは子猫だった。まだ、生まれたばかりの小さな猫だ。アメリカンショートヘアのような灰色に黒色の縞模様が入っている。


「私が猫嫌いだという事は知っているでしょう。何故、持って入るのです!?」
「なんでー!?」
女2人が声をそろえて言った。そして、2人は、ちょっと顔を見合わせくすりと笑った。
かほりがややあって言う。
「こんなにちっちゃくて、こんなに可愛いのにどうしてほっておけるのよぉ。それに、このまま外に置いてたら死んじゃうかもしれないわぁ。」
かほりは、子猫の頭を撫でている。猫は気持ちが良いのか、目を細めて喉を鳴らした。
「今は小さいですが、どんどん大きくなっていくんですよ!家だって、猫臭くなってしまうし、柱とかを傷つけるかもしれません。」
「別にそんな事、いいじゃないのぉ。ねー、猫ちゃん。あら、この子の名前考えなくちゃいけないわねえ。何がいいかしらぁ。」
かほりは、頬に手を当てて、少し眉をしかめて考えた。
「まだ飼ってもいいと言ってないでしょう。」
正は、イライラしながら言う。子猫は正に向かって「二ィ」と鳴いた。正は嫌そうな顔をして向こうをむいた。『何故、正様はこんなにも嫌がるのかしら?』ともは不思議に思った。こんなに愛らしい生き物に見つめられて鳴かれたら、もうメロメロになってしまいそうなものなのに。現にかほり様は、もうメロメロらしくうっとりした顔で子猫から手を離さない。ここが男と女の違いなのだろうか?この子猫の可愛らしさというものは、女の母性本能にしか届かないものなのであろうか。それとも、過去に猫にまつわる何か嫌なことがあったのだろうか。


「あら、そういえば朝ご飯がまだだったわねぇ。早く食べないとさめちゃうわぁ。」
かほりは手を洗い、ともに言った。
「子猫といえばミルクよねぇ。ともちゃん、猫ちゃんにミルクをあげてくれる?」
「分かりました。」
ともは、パタパタと走り、冷蔵庫にあった牛乳を小皿に入れ子猫にやった。
「餌なんかやってはいけません!」
正はそう言ったのだが、かほりはその言葉を無視して、
「さあ、食べましょう。」
と、にっこり微笑んだ。最近、ともは気が付いたのだが、かほりは正が嫌がる顔を見るとにっこりと微笑むようだ。それは、とても嬉しそうである。やっぱり変なお2人だわ―ともは、くすりと笑った。
2人が黙々と朝食を食べ終え、ともが後片づけをしていると、かほりが「あらぁ?」と声をあげた。
「どうしたんですか?」
ともは洗い終わった食器の水を切り、手を拭きながらかほりのところへ行った。
かほりは、また子猫の所にいた。心配そうな顔をしている。
「猫ちゃんがミルクを飲んでいないのよ。」
箱を見ると、子猫はミルクが分からないのか、ミルクの入った皿を踏んづけている。そして、ニィニィと鳴いていた。まるで、おなかが空いたよーと言っているようなのだが違うのであろうか?
「ミルクが美味しくないんじゃないのかしら。」
かほりは、ミルク皿を取り上げくんくんと臭いをかいだ。
「でも、これ、特濃牛乳で高い物ですよ。昨日買ったばかりで新鮮ですし……。」
かほりは、無言で頭を抱え込んだ。かほりの考える時のくせだ。小説のアイデアが湧かない時もこんな風に、みの虫のようにうずくまりじっとする。
ぱっとおもむろに顔を上げた。
「分かったわ!もっと新鮮じゃなくちゃ駄目なのよ!」
そして、牛乳の瓶を冷蔵庫から取り出し、しげしげと見つめた。
「みんな、出かける用意をして―!」
かほりは空高く、牛乳瓶を掲げた。正は、眉根を押さえて顔をしかめていた。




「何故、私が運転しなくちゃいけないのですか?」
正は、運転席に座ったところでたまらず声をあげた。車は車庫に入ったままで、エンジンは動いていない。
後部座席には、かほりが子猫を持って乗っていた。ともは、助手席で地図を見ながらナビゲーション係だ。
かほりは、牛乳瓶の発売元の住所を見ていたのだった。それは、ここから3時間ほどで行ける場所だった。
「ほら、ぶつぶつ言ってないで急ぐ!猫ちゃんが死んじゃうでしょう。」
あいかわらず、子猫はニィニィ鳴いていた。
「別に死のうが生きようが関係ありません。」
正はきっぱりと言った。
「あらぁ。そんなこと言っていいのぉ?知らないわよ。猫は憑くって言うのに……。」
「そんなの迷信です。」
「ふっ……そうかしらぁ。知らないわよぉ。」
かほりがそう言うと、子猫は静かになった。正の手が震え、額に脂汗が浮かんでいた。車の中に妙な沈黙が流れる。


「分かりましたよ。行きますよ。行けばいいんでしょう!」
あきらめたように正が鍵を回す。ややあって正が最後のあがきのように言った。
「でも、絶対に飼いませんからね!!!」
何があったのだろう。ともは横目でちらりと正を見た。何かにおびえたような表情だった。
かほりはというと、のん気にもう寝ていた。穏やかな寝顔だった。




「どこでしょう―ここは?」
正が問い掛ける。今度は、ともが汗をかいていた。
「ええっと。ここの道をまっすぐ行けば大きな道に出る―ハズです。」
さっきから、そればかり繰り返しているが、道は逆にだんだんと細くなっていくばかりだった。森の中で木がうっそうと繁っている。うねうねと曲がりくねって生えている木はジャングルの蛇のようであった。かなり薄暗い。『やっぱり、かほり様にナビゲーションしてもらえば良かったのだわ。』ともは地図を上へ下へとくるくる回転させながら、半べそをかいていた。ともは、天才的な方向音痴なのだった。昔、本当に山へ行こうとして山を登っていたのだが、何故か海に着いたことがあった。今なお、この出来事は謎である。どうしたら行けるのだろうかとみんなが思うような所へ、いつもともは行ってしまうのであった。今日は、地図があるから大丈夫だろうと思ったのだが、良く考えたらいつも地図を持っているのに迷うのだった。今回も、例外ではなさそうだ。


ガタン ゴトン


すごい揺れだ。舗装された道は、とっくの昔になくなっていた。かほりの方を見るとすこやかに眠っている。何故眠れるのだろう。というか、舌をかまないのだろうか。ともは少し心配になったのだが、自分の事で手がいっぱいでそれどころではなかった。


ああ、このまま外国にでも行ってしまうのではないのだろうか。ともの恐怖はとんでもない方向へ行っていた。ここはもう本当のジャングルの奥地なのかもしれない。もしかしたら、先住民に会うかもしれない。肌が黒くって、腰みのつけているあれだ。そうしたら、大きな火のそばで、骨付き肉にかぶりつき、友情を深めていく……。ともの頭の中は昔何かの本で見たようなジャングルの風景を思い描いていた。先住民と当然言葉は通じないだろう。でも、言葉を越えた友情が芽生えたり、なんだか素敵なことが起こるかもしれない。そして、日本人…いや、人間離れしたかほり様と先住民が恋に落ちるのだ。かほり様くらい変わった方だったら、人間どころか地球外生物でもおかしくないかもしれない。それも、いいかもね。3人で楽しく新しい地で暮らそう。ともは一人で納得し、うなずいた。ん?……いや、もしかすると些細な習慣の違いでいざこざが生じ、柱に結びつけられて、生贄にされ、殺されるかも―!!ともの頭の中で、柱に結び付けられている3人の姿が描かれた。もちろん足元には火がついており、先住民は輪になって踊っている。


「ああっ。やっぱりジャングルは嫌!!」
ともは、頭を振りながら叫んだ。
「どうしたんですか、ともさん!?」
はっと気がつくと、正が心配そうな顔でこちらを見ている。
「いや、ちょっと……ははは。」
「さっきから、ぶつぶつ呟きながら笑ったり、青ざめたり。」
ともは赤面した。ここは、日本なのだ。いくらひどい方向音痴でも、国境まで越えてはいくまい。日本は島国なのだ。海に囲まれている。だいたい先住民って何なのだ。北の方には、アイヌの人々もいるが、ずっとこの土地は日本人のものなのだから、先も後もあったものではないだろう。両肩にくだらない想像が重くのしかかった。


「そんな事より見てください。大きな道には出られませんでしたが、どこかの牧場には出られましたよ。」


前を見ると、緑の草原が広がっていた。向こうの方には、白い柵が見える。
「本当だわ。よかった……ジャングルから抜け出せて……。」
ほっと息をつくと、向こうから馬に乗ったカウボーイハットの男がやってきた。『ひっ。やっぱり日本じゃない!?』ともはおびえたが、カウボーイハットの男の顔は生粋の日本人といった感じの人だったのでほっと胸をなでおろした。


「どうしたんだい?」
ウエスタン調の男は、ひらりと馬から降りると車の方へと近寄り尋ねた。


「あの。すみませんが、ミルクを分けていただけませんでしょうか。猫がミルクを飲まないのです。」 正がすまなさそうに言う。ともが後部座席を見ると、かほりはまだ寝ていた。


チュウチュウチュウ
子猫は、手足をふんばり犬のおっぱいに必死にしがみついている。そう。犬である。
「よかったねえ、お前さん達。丁度、おらの犬っころにも、赤んぼが生まれたんでおっぱいが出るんだよ。」
ウエスタン調の男がガハハと笑った。ともは、じっと子猫を見つめている。それにしても、飲んでくれて良かった。これで、この子は生きて行ける。小さい命が一生懸命に生きている姿にともは感動した。


「ふん。やっぱり母親のミルクが良いのねぇ。」
いつの間にか起きたかほりが腕組みをして見下ろしていた。
「母親って、そんなにいいものかしら……。」
ともは、はっとしてかほりの顔を見る。そういえば、お二人の御両親はどうなさってるのかしら?話を聞いた事がない。もしかすると、幼い頃に亡くなって親の愛を知らずに生きてきたのではないのであろうか。子猫を見つめるかほりの顔は悲しみに満ちていた―ように、ともには見えた。
「私は、母親にはなれないのねぇ。」
かほりは、ポツリと呟く。悲しみをかみしめるように。


「飽きたんですね、かほりさん。」
子猫のそばにしゃがんでいた正がすっと立ち上がり、ピシリと言った。
ともは目が点になる。かほりは、ふっと笑みをもらし遠くを見つめた。
「ヨーグルトが食べたいわぁ。」


正がぐぐっと拳に力を入れて怒る。
「一体、どれくらいかけてここまで来たと思ってるのですか!」
「あらぁ、すぐに着いたじゃない。」
「あなたは、寝てたからでしょう。」
「それより、チーズが食べたいわぁ。」
「さっきは、ヨーグルトって言ったじゃないですか!まったく、話をのらりくらりかわそうったって、そうはいきませんよ。猫にミルクをやるために来たんです。一度決めたなら、きちんと
―世話しなさい!」
遠くを見つめていたかほりの目がちろんとこちらを見て―にっこりと微笑んだ。あの微笑だ。


「じゃあ、飼ってもいいって事ね。」
正は、あうあうと言葉にならない様子で、2度口をパクパクさせた後、深呼吸して、
「―仕方ないですね。」
と言って、がっくりとうなだれた。




「ニャー」
「うわっ!む……向こうへ行きなさいっ。」
正の叫び声が聞こえる。ともは、その光景には慣れっこになってしまった。あの後、子猫にはミルクをスポイトであげればいい事が牧場主により判明した。他の世話もついでに教えてもらった。あれから1週間がたつが、子猫はずいぶん大きくなった。未だに、正は猫に慣れる様子もなく、情けない声を出している。そのたびにかほりはうれしそうに微笑むのだった。


(第3話につづく)2003.7.12.


モノクロワールド
     モノクロワールドとは、2003年から1年間、管理人ダウが書いていたテキストサイトのタイトルです。
テキストのシリーズには、「恋する女子達」という恋をテーマに書いた短いお話も入っていました。
このタイトルが今のサイトの名前の原型です。


今、モノクロワールドはなく、
いつ壊れるか分からないパソコンの中にひっそりとテキストたちはいます。
それは何だか寂しいなと思い、またひっそりとgirls in loveにアップしてみました。


検索でひょっこり来てしまったアナタ。
お暇つぶしによろしかったらお読みください。


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