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未来小説 ヒナゲシ


―ニホンにお前と同じ名前があるんだってさ。

    「 ひ   な   げ   し 」

優しく呼ばれた……気がした。
それは夢だったようで朝の日の光がカーテンの隙間から射し込んでいた。
いつもの自分の部屋。
目が涙で濡れている。
たまに酷く寂しくなった時、こんな夢を見る。
二人で他愛無く話した時の夢。
それがこんなにも大切なものだとは思わなかった。

今、私は遠距離恋愛中。
地球と宇宙。

それは突然の出来事だった。
朝ご飯を私と彼・ハノと一緒に食べていたら
ハノは黒尽くめの男たちに連れ去られてしまった。
その黒尽くめの男たちが政府関係者だと分かったのは
それからしばらくしてからだ。
宇宙開発に民間人も導入する法案が成立し
マシーンによってハノが選ばれたらしい。
実験として、海王星に二年間調査をするのだと
呆然とした私に政府の重役らしい人は教えてくれた。
あれから一年とちょっとが過ぎた。

キッチンに行くと、ペットのヒロポンが飛び跳ねていた。
ヒロポンは何年か前に売り出された新種の動物。
丁度、手乗りの大きさでふっさりとやわらかい長い毛が生えている。
たまに小さな声で鳴くことがあるが、とてもかわいい。
ハノが誕生日に買ってきてくれたのだ。

「そうだね。お前がいるんだから、寂しくないね。」
そう言いながら、ヒロポンにミルクをあげた。
ヒロポンは嬉しそうに飲む。
見ていたら少し元気が出てきてふふと笑ってしまった。

ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ

電話のクラシカルな電子音が鳴る。
最近、この音が流行っているらしい。
太古の音はどこか懐かしい。

この音が鳴ると、私の胸は高鳴る。
私は慌てすぎてコップを落としてしまった。
低反発素材で作ってあるから割れないのだけど
中の珈琲はこぼれてしまった。

通話ボタンを押すとホログラムが出てきた。
その男は…。

「なんだ。ポートか。」

友達のポートだった。
力が抜けてあからさまに不満げな声をあげてしまった。

「ひなげし…なんだはないだろ。ハノからはウェーブあった?」
ウェーブというのは、超遠距離通信では会話が成り立たないので
質問を想定し、ある程度シュミレーションできる
古典的に言うと”ビデオ”のようなものだ。
最近は、技術も相当進み会話をしているのと変わらない。
ただ、太陽で巨大フレアが発生したりすると送信が遅れてしまう。

「きっと、またフレアのせいで遅れてるんだわ。いつものことよ。」
ハノは毎日ウェーブを送ってくれる。
でも、たまに一週間ほど何も無い時がある。
最初は原因が分からなくてひどくハノを責めてしまった。
ハノの寂しそうな顔は忘れられない。
だから、最近は気長に待っていることにしている。
きっと無事だと信じている。

ポートと、ヒロポンの話とかを少しして電話を切った。

今日は天気がいい。
洗濯物でも干そう。

ベランダに出て洗濯物を干していると
また電話が鳴った。
「またポート!?もう!忙しいのに。」
そう独り言を言いながらボタンを押すと
そこにはハノがいた。
でもいつもと違う。
酷く歪んでいる。
ぐにゃりと歪んだハノは何か喋っているのだけれど
雑音が入りすぎて聞こえなかった。
ヒロポンが足元で不安そうに私を見上げている。

一瞬、何かが私を突き抜けた。
涙が溢れる。
それは、光よりも早く私を突き抜けた
ハノの思い。
目の前のホロよりも明確に私に伝えてくれた。
目の前が真っ白になる。


ハノハノハノハノハノハノハノハノハノハノ

あなたに逢いたい
あなたの温かな手に触れたい

ハノハノハノハノハノハノハノハノハノハノ


でも、それは叶わない。
もうきっと叶わない。






ニュースが流れている。
ぼんやりと私は眺めている。
ハノの乗った宇宙船が原因不明の爆発を起こしてから
一ヶ月がたとうとしていた。
そのニュースが流れている。
部品すら回収困難らしい。

まだ、夢の中のようだった。
急に目がさめて今までの話は無しになるんじゃないのかと
きょろきょろしたり挙動不審になる時がある。
でも、夢ではないようだ。
まだ、現実感はないのだけれど。

私はいつか笑える時が来るのかしら。
この胸の痛みもいつか消えるのかしら。
ねえ……誰か……教えて。

私はふらふらと引出しの奥に閉まっている拳銃を
取り出した。
ねえ……私……疲れた。
頭に銃口をあてるとひんやりした。
トリガーをはずし、引き金をゆっくりと引く。
私、ハノに逢えないのなら笑いたくない。
胸の痛みも消えてしまうなら……自分が消えてしまえばいい……。

パン

乾いた音は冷たい空に悲しく響いた。






緑の草原が広がっている。
そこには小さな家。
隣には優しく微笑んだハノがいる。
ああ、約束覚えていてくれたんだ。
私は……微笑んだ。

―帰って来たら、一緒に田舎に住もう。あ、ヒロポンも一緒にね。
どこまでも広がる草原に小さな家を建てるんだ。





目の前が光に包まれた。
眩しい。
ここは天国?
手足を動かそうとしたら、
自分の体中にチューブが繋がっている事に気が付いた。


「HSKLの意識が戻りました!」
周りに人が何人かいるのか、ばたばたと慌しく動き回る音が聞こえた。
「墓所の古代文字のデータ解析は?…ああ、これか。」
ボスらしき人が一枚の紙を高らかに持ち上げて読み上げる。
「雛罌粟。」
途端に、耳の奥でウィーンとモーターが動く音がし、
目の前に映像が広がった。
どうやら私の頭の中に音声認識映像装置が埋め込まれているらしい。
そんな事するのは……政府だろう。

映像に出てきたのはやっぱり首相だった。
宇宙船での事故を詫びた後、私に起こった事について話していた。
私は死のうとして頭に向けて銃を撃ったけど、
思いのほか、衝撃が大きくてはずしてしまったらしい。
要するに死ねなかったのだ。
しかし、精神的に疲れ果てていた私は意識が戻らなかった。
そこで、冷凍保存されたのだ。
何年経っているのだろう。
そう思っていると、左下にあるカウンターに気が付いた。
千年ほど経っていた。

余りの環境の変化に対応できず、ぼんやりしていると
継ぎ足しのように映像が入っていた。

「ひなげしさん。あなたに二つニュースがある。
あなたの恋人のハノ君が冥王星周辺で見つかった。
どうやら爆発寸前で逃げ出せていたらしい。
もう一つは、この星は滅亡するかもしれない。
彗星の衝突で生物がほとんど絶滅してしまった。
最後の賭けとしてあなたとハノ君を冷凍保存し、
地下深く埋める。
運が良ければ、人類は生き延びて
この映像をあなたが見ていることだろう。
そうしたら、アダムとイブになってくれ。
以上だ。」

後半はあまり聞いていなかった。
目の前のドアがゆっくりと開く。
心臓がバクバクする。
そこには…そこには…

ずっと待ったハノの優しい笑顔……

チューブがちぎれるのも構わずに駆け寄った。

ハノハノハノハノ……!!!!!!

夢でもいい。さめなければ。
ハノは優しく私を抱きしめてくれた。
温かな体温が私に伝わってくる。
涙が止まらなかった。


生きよう。
私達にどんな未来が広がっているのか分からない。
でも、


生きよう


2004.1.25.
モノクロワールド
     モノクロワールドとは、2003年から1年間、管理人ダウが書いていたテキストサイトのタイトルです。
テキストのシリーズには、「恋する女子達」という恋をテーマに書いた短いお話も入っていました。
このタイトルが今のサイトの名前の原型です。


今、モノクロワールドはなく、
いつ壊れるか分からないパソコンの中にひっそりとテキストたちはいます。
それは何だか寂しいなと思い、またひっそりとgirls in loveにアップしてみました。


検索でひょっこり来てしまったアナタ。
お暇つぶしによろしかったらお読みください。


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