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SAKURAMORI
――ここは……どこなのだろう……。
美春は、あたりを見まわした。
見渡す限りの白……いや、白ではない。
これは……桜色。


SAKURAMORI




美春は自分がどうしてこんな所にいるのか思い出せなかった。
桜の杜……。
頭がぼんやりとして、霧がかかっているようだった。
ぐっとこめかみのあたりを押さえる。


不意に、後から声がした。
「どなたじゃな。」
びくりと体を震わせた後、ゆっくりと振り返ると
そこには一人の老女がいた。
少し懐かしく思ったのは、桜の花の背景と着物姿の老女という
ノスタルジックな眺めだったからだろうか。


「……ここはどこなのでしょうか?」
言った後、美春は自分が酷く間抜けな質問をした事に気付き
赤面した。


道を歩いていて迷った−なら、まだ分かる。
しかし、自分が何をしていたのかも分からないのだ。
一体、自分はどうしてしまったのだろう。


美春の心の中を見透かした様に、老女はぽつりと喋った。
「安心しな。お前さんだけじゃないよ。」
ポカンとしていると、老女は小さな声でよっこいしょと言いながら、
桜の木の根元に腰を掛けた。
じっといとおしそうに桜の花を見ている。


美春は、話しかけるのもためらわれ、
何をすればいいのかも分からないので、ぼんやりと桜を見た。


それにしても、凄い桜の数だ。
周りを見渡しても、桜桜桜。
視界を全て桜色に変えている。
桜色と言っても、白に近く
じっと見ていると目が痛くなってきた。


頭の中も目の前も真っ白でおかしくなりそうだ。


たまらず、美春は目をつむる。
どこからか、風が美春の頬をやさしく撫でた。


最近は、どうも思いどうりにいかない。
油が切れた歯車がかみあわず、
ぎちぎちと回りたそうに音を立ててるような感じだ。
回りたくても回れない
何かをしたいのだけど
何をすればいいのか分からない
何をしてもうまくいかない
挙句がこの様だ。一体ここは何処なんだ。


美春は身体の奥底に溜まった苛立ちを
どうすることも出来ず、眉をしかめた。
考えても仕方がない。
頭を軽く振り、ため息をつき、
また、桜をぼんやりと見つめ始めた。


あれ?
気がついたのはしばらくしてからだった。
あの桜は何処かで見た事がある。
ここから帰れる手がかりがありそうな気がして
その桜に近寄った。


桜は満開でとても綺麗だった。
――この桜、よく知ってる。
何故知っているのかは思い出せなかったが
それだけは、確信していた。


桜の花は小さくて、
良く見ると中心のめしべやおしべの近くは色が濃かった。
美春はなんとも言えない色合いに釘付けになる。


「……そう。お前の事が大好きだったね……。」
ポツリと美春は呟いた。


ざわりと風が吹き、桜が……世界が揺れた。


桜を仰ぎ見る。大きい。
「この曲がった幹。私はよく登ったね。不思議な疵。これは私がつけたんだよね。」
優しく幹の疵を撫でる。


ざわざわざわ


周りの桜が一斉に揺れる。凄い音がした。桜が大合唱をしているみたいだった。
「私は……お前になりたかったんだ。綺麗なお前に。」


ざあああああ


強い風が吹き、美春を桜吹雪が取り囲んだ。
足元を見ると、スニーカーが桜色に染まっていた。
じわりじわりとその色が美春の足を這い登り、桜色に染めていく。


嗚呼。私は、桜になれるのだ。
静かにずっとここにたたずめるのだ。
私の帰る場所は、ここ……だったのか。
お前と一緒にずっとここにいるよ。


美春は桜の幹にそっと手を絡ませる。


「お前は桜ではない!花ではない!人間だ!!」


桜吹雪の音を掻き分けて、老女の叫び声が聞こえた。
桜の花びらに視界は塞がれて老女の姿は見えない。


桜は怒ったように色を濃くする。


――ニンゲン……?


「人間は桜になれない!」


少しだけ桜吹雪の隙間が開いて、
老女の顔がちらりと見えた
老女の顔ではなかった
女だった
若い女



桜が桜が桜が桜が桜が桜が桜が桜が桜が桜が桜が桜が桜が桜が桜が桜が
桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜


そんなに散り急がないで
お前の姿をもう少し見せておくれ




目を開けると、視界は真っ白だった。
桜ではなく病院の部屋の白い壁。


美春は布団の中で横たわっていた。
母親の話によると、バイクに乗っていて崖から落ちたらしい。


ぼんやりと聞きながら、美春はあの女の顔を思い出していた。
あの女。
あれは私の祖母。
庭の桜の木で首をつって死んだ。
仏壇の写真の中でしか存在を知らない女。


「崖の下に立派な桜の木があってね、クッション代わりになって助かったのよ。」


母親の言葉を聞いた時、美春はそっと目をつむった。


日本には、桜守が全国にいるらしい。
1年に1週間ほど咲くだけの桜を守る桜守。


あの桜杜は、貴方が守ってくださってるのですね。




桜よ
そんなに散り急がないで
お前の姿をもう少し見せておくれ



2004.4.10. 
モノクロワールド
     モノクロワールドとは、2003年から1年間、管理人ダウが書いていたテキストサイトのタイトルです。
テキストのシリーズには、「恋する女子達」という恋をテーマに書いた短いお話も入っていました。
このタイトルが今のサイトの名前の原型です。


今、モノクロワールドはなく、
いつ壊れるか分からないパソコンの中にひっそりとテキストたちはいます。
それは何だか寂しいなと思い、またひっそりとgirls in loveにアップしてみました。


検索でひょっこり来てしまったアナタ。
お暇つぶしによろしかったらお読みください。


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