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恋する女子達11 ストーブ
    

背中に温かな熱とともに
ストーブの上のやかんのしゅんしゅんという優しい音が届く。
それに呼応するかのように
ストーブの向こうからシュッシュッとデッサンする音が聞こえてくる。


反対むきに座っているので
顔は見えないけれど、真剣な表情が目に浮かぶ。


美術室は私と佐野君の二人きりだった。
ストーブとデッサンの音しかない
静寂よりも静かな世界。


佐野君は、校内一もてる男だ。
女子は口を合わせたかのように”かっこいいよね”と
目を輝かせて言う。
私は彼を見た事がなかった。
きっと背が高くて足も長くてオシャレに違いない。
そう思っていた。


初めてあったのは3年の春だったと思う。
美術室で今日みたいに向こうをむいて
黙々と絵を描いていた。
友達に佐野君だと教えてもらった時は本当にびっくりしたものだ。
丸坊主で背が小さくて、何故か下駄を履いている。
その時はかっこいいと思えなかった。
むしろ何でこんな人がカッコイイのか不思議だったくらいだ。


私は、3年の初夏になってから進路を変えた。
美大に進学することにしたのだ。
担任の先生はあきれた顔をし、親は泣き、美術の先生は無理だとはっきり言った。
私はそんな事お構いなしに毎日美術室に来て、
毎日佐野君と背中向きに座って、
毎日絵を描いている。
勿論、帰ったらセンター試験の勉強をしたり、
課題をしたりしているから寝る時間はいつも3時間くらいだった。
でも、苦ではなかった。
毎日絵を描いている。





夏は中庭の蝉が五月蝿くて気がつかなかった。
秋は運動会やら文化祭が五月蝿くて気がつかなかった。
冬になって気がついた。
この部屋はなんて静かなのだろうと。


ストーブがカンと小さな音を立てた。


私と佐野君は何ヶ月も毎日長時間同じ部屋に二人っきりなのに
今までに”一言だけ”しか口をきいていなかった。


ある日、練り消しを忘れてしまったので貸してと頼んだのだ。
その時の言葉は、
「ああ。」
の一言だった。
それだけ。
たったそれだけの会話しかしていない。


しゅんしゅんしゅん


でも、その時にもてる理由が分かったのだ。
ああ、この人は自分を持ってる人なんだ。
自分が背が小さくて、
顔もそんなにカッコよくないという事をちゃんと理解しているからこそ
丸坊主で下駄という自分に一番似合う格好を貫いているんだ。
流行に流されず、しっかりと考えている。


しゅんしゅんしゅん


そういえば、もしかしたらシャイな人なのかもしれない。
だって、男友達とは楽しそうに笑いながら
話しているのを見た事あるもの。
その男友達がちょっとうらやましかった事をよく覚えている。


私もいろいろ佐野君と話してみたかったのだ。
あんな風に笑いながら話したかったのだ。


初めの頃は、話さなきゃとそわそわしていた。
しばらくしたら、何か話したいなあと頭をかすめる程度になった。


今は、この静寂が会話なのだと思う。
喉を振動させ、相手の鼓膜を振動させる事に何の意味があるのだろう。
毎日、私達は私達にしか分からない会話を背中でしている。
穏やかな静寂の世界で。





ねえ、あなたは覚えてる?
私が絵を学びたいと思った瞬間を。


あなたが大きな白いカンバスの前にじっと立っていて、
急に筆を持ったかと思うとあっという間に描きあげたのよ。


その絵は光に満ち溢れていて宝石を見ているかのようだった。
私は動く事が出来なかった。
あなたの心の中を見せられたかのようだった。


その時、自分の心の中も見えたの。
私、絵が描きたいんだって。


しゅんしゅんしゅん


暖かい熱が私を抱きしめていた。


2003.12.14.


モノクロワールドとgirls in loveについて
モノクロワールドとは、2003年から1年間、管理人ダウが書いていたテキストサイトのタイトルです。
テキストのシリーズには、「恋する女子達」という恋をテーマに書いた短いお話も入っていました。
このタイトルが今のサイトの名前の原型です。


今、モノクロワールドはなく、
いつ壊れるか分からないパソコンの中にひっそりとテキストたちはいます。
それは何だか寂しいなと思い、またひっそりとgirls in loveにアップしてみました。


検索でひょっこり来てしまったアナタ。
お暇つぶしによろしかったらお読みください。


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