恋する女子達12 嗚呼☆野薔薇色の人生
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「岸本さーん。血圧測りましょう。」
真っ白な建物。ゆらゆらと歩く老人達。ここは山奥の老人ホーム。
立石紀子はでっぷりと太った腹を揺らしながら岸本の部屋に入った。
「げぇ。」
途端に、立石の巨体はのけぞり驚いた。
「あら。岸本なんて昔の名前で呼ばないで、おツネ。
わたくしは、ノ・バ・ラ。野薔薇よ。」
真っ白なベットの上には金髪のロングヘアーに真っ赤な口紅、
そして、肌は…皺くちゃのお婆さんが上半身だけ起こして座っていた。
「の…野薔薇さん。」
おずおずと立石は声をかけると、
岸本…いや、野薔薇は妙な動きで体をくねらせながら
甘い声(と本人は思っているであろう声)で言った。
「いやぁーーーーん。野薔薇”姫”って、言ってくれなきゃ。
やん・やん」
この岸本こと野薔薇姫はまだらボケ老人である。
昔は有名アイドルであったらしい。そして、時々そのアイドル時代に戻るのだ。
どこかに隠し持っているウィッグと真っ赤な口紅をつけて。
立石はややげっそりとしながら野薔薇姫の歌う歌に付き合いながら
血圧を測るのであった。
「今日は、気分がいいわ。おツネ。
私の可愛い薔薇庭園に連れていって頂戴。」
声高に野薔薇姫はそう言い放ち、ガウンはどこ?と探し始めた。
立石は、そんな格好で外に出られたら堪らないとばかりに慌てて
「ガウンが無いので今日はやめましょう。」
と言ったのだが、
それよりも早く野薔薇姫はレースのカーテンを引き千切り
自分の体に巻きつけた。
「さあ。ついてらっしゃい!薔薇の朝露が消える前に!!おーーーーほほほほ。」
この骨ばかりの腕のどこにそんな力が残っているのだろう。
無邪気に笑う野薔薇姫を立石は呆然としてしばらく眺めていた。
☆☆☆☆☆☆
「おーーーほほほほ。私の可愛い薔薇達よ。おげんきぃいぃぃいぃい♪」
ソプラノの歌声は裏山にまで木霊する。
勿論、声の持ち主はすっかり気分の良い野薔薇姫である。
ホーム中の人間が注目した。
立石は見られることが嫌いな人間である。このでっぷりと太った腹。むちむちとした腕と足。
しっかりと線が見える三重顎。
それだけで、目立つというのに連れているのは
ソプラノを歌う金髪の赤い口をした骨ばかりのお婆さんである。
しかも、レースのカーテンを体に巻きつけて。
これ以上無い異空間だ。
「小鳥達よォォォおおぉおぉおぉおお♪
私の足元に跪きなさぁぁぁぁああっぁぁぁい♪」
空を飛んでいる雀達にまで呼びかけている。雀に膝があるのだろうか?
立石はやけになり、どうでもいい事を考えているとふと目の前に大きな影が沈み込んだ。
見ると茶色のチョッキを着た老人がしゃがんでいる。
老人の体の具合が悪くなったのかと思い、立石はさあっと血の気が引いた。
大丈夫ですか―そう言おうと思った瞬間、老人は顔を上げた。
その頬は薔薇色になり、目はきらきらと輝いている。
「野薔薇姫様。お待ちしておりました。
わたくし、虎次郎と申します。
わ…わたわた…わたくし、貴方様を御慕い申しております。」
そう一息に言って、1本の薔薇の華を野薔薇姫の前に差し出した。
病院中が真っ白になった。正確には立石の視界が真っ白になったのかもしれない。
あまりの衝撃に意識が空白になった。
「愛しています。」
空白の意識に老人の声だけが響いた。
☆☆☆☆☆☆
ざわめく食堂。とりあえず、という事で朝食を一緒にとる事になった。
野薔薇姫は酷く冷たい顔をしている。目さえ合わそうとしない。
「薔薇茶を早く持って来て下さらないかしら。ブリオッシュは何処?」
イライラと周りにも奴辺りをし始めた。
老人…虎次郎は、気にもせずどれだけ野薔薇姫を愛しているかをふごふごと
話していた。
どうやら、青年時代に野薔薇姫の銀幕を観て一目惚れし、それからずっと追っかけだったらしい。
そして、この老人ホームで再び野薔薇姫に逢い運命を感じ、思いきって告白をしたのだそうだ。
「で、でしゅから。わたくしめはぁ〜。」
虎次郎ははあはあと息を肩でしながら興奮し喋っている。
血圧が上昇しすぎているかもしれないと立石が心配し始めた頃、
野薔薇姫は突然虎次郎の方を向き、言い放った。
「で。彼方はわたくしの事がお好きなのかしら?
それとも、銀幕の中のわたくしがお好きなのかしら?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして虎次郎は言葉を失った。
「今日は失礼しますわ。わたくしは、もう銀幕の中にはいませんもの。
帰るわよ。おツネ。」
「待ってくら…ふごっ。」
ぼちゃ。不穏な音がした。
見ると味噌汁の中に入れ歯が落ちている。
見るに堪えず食堂を後にした。
後の方でぷかりという間の抜けた音だけが聞こえた。
☆☆☆☆☆☆
野薔薇姫は病室に入った途端、立石の腕にしがみついた。
胸が苦しいのかはあはあと肩で息をしている。
野薔薇姫の体の具合が悪くなったのかと思い、立石はさあっと血の気が引いた。
「わたくし。どうしたらいいのかしら。」
頬は薔薇色、目は宝石の様に輝いていた。
心臓に悪いのでやめて欲しい。
「爪のケアも怠っているし、今日は香水をつけていなかったわ。
いつもは野薔薇の香りがする香水をつけているのよ。
それも、シャネルみたいな傲慢な不細工やディオール坊ちゃんなんかが作った香水じゃなくてね、
自分の名前がついた自分の為だけの香水よ。その為の庭だってあったんだから。
なのに…なのに、わたくしったら。」
赤らめた頬を両手で包んで押さえている。
その顔はまるで恋する少女そのものだった。
嗚呼。この人はあの人のことを嫌ってはいない。
突然の事で心の準備が出来ていなかったら
満足のいく御洒落が出来ていなかったから戸惑っていたのだ。
人生は終わりなんてない。
繰り返そうと思えば何度でもやりなおせるのだ。
半世紀以上もの年月を超えて、この人はもう一度恋をしてみようとしている。
少女の様に。
立石は覚悟を決めた。
野薔薇姫の手を握り締め、力強く言った。
「野薔薇姫。デートをしましょう。精一杯の御洒落をして。
どこか行きたい所がありますか?」
野薔薇姫はまあと小さな口を開けて驚き、それからおずおずと小さな声で言った。
「原宿でクレープが食べてみたい。」
☆☆☆☆☆☆
その日は朝から大変だった。
老人ホームで一番若くて格好良い男の子にエステサロンまでエスコートさせ
ネイルケアを2人の綺麗な女性にしてもらい、
ウィッグには小さな薔薇の華を散らばせた。
そして、仕上げに野薔薇の香りの香水をかけた。
ゆっくりと目を開ける野薔薇姫。
周りの空気が一瞬で変わった。
ピンクのオーラが部屋中に広がり
サロンの女性も立石もカクテルに酔ったかのように頭がぼんやりとしてきた。
新興宗教って、こんな状況下で騙されるのかもしれない。
そして、野薔薇姫と虎次郎は原宿でデートをした。
2人が楽しそうにクレープを食べる姿を
立石はこっそりとカレー屋から覗いていると
人ごみにまぎれる瞬間、離れない様に手をつないだのが見えた。
人生は地獄のような時もある。
人生は夜が長くて辛い時もある。
でも、楽しい日もいつかはあるのだ。
でも、朝は必ず来るのだ。
人生を楽しもう。
私も野薔薇姫のようにはいかないけれども
素敵な人生をこれから作っていくのだ。
2004.3.13.
モノクロワールドとgirls in loveについて
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モノクロワールドとは、2003年から1年間、管理人ダウが書いていたテキストサイトのタイトルです。
テキストのシリーズには、「恋する女子達」という恋をテーマに書いた短いお話も入っていました。
このタイトルが今のサイトの名前の原型です。
今、モノクロワールドはなく、
いつ壊れるか分からないパソコンの中にひっそりとテキストたちはいます。
それは何だか寂しいなと思い、またひっそりとgirls in loveにアップしてみました。
検索でひょっこり来てしまったアナタ。
お暇つぶしによろしかったらお読みください。
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