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恋する女子達16 花火
     最近、何だか頭痛がする。―桃子はこめかみを押さえていた。


「見たー?あの記者会見!」
同僚たちのワイドショーの話題はくだらなすぎて、周りの笑い声にイラついてる自分がいる。
会社の食堂のざわめきは雑音にしか聞こえない。
一人でランチに行きたかったのに、女子は団体行動しなければならないらしい。くっだらねぇ。


「私、次の会議の用意があるから。ごめんね。」
にこやかにその場を立ち去る。なんだか後ろで”桃子ってさー”と陰口叩かれてる気がした。
いつからこんなになってしまったんだろう。


ズキン
また頭に響く
窮屈だ。生きているこの空間が。


「ですから、今回の企画は…」
会議で私はプロジェクターの青白い光を浴びながら、たんたんと説明をしていく。
逆行で聞いてる人たちの顔は見えない。


朝起きて
会社に行き
会社から帰ったら
眠り
そして、朝また会社へ
そんな事の単調な繰り返しで時間はどんどん過ぎていく。私は会社に入って何年たっただろう。
そして、顔のない目の前の人たちは何十年もこの繰り返しの生活を送っているのか。


ズキン
終わりはいつ来るのだろう。
終わりなんて在るのだろうか。


会議が終わり、自分の携帯を見たら


誰からもメールはきていなかった。




ズキズキズキ


あの時、考えてみればあの出会いは偶然ではなく仕組まれたものだったかもしれない。


その日の夜、会社帰りに立ち寄った本屋で”同じ本に同時に手を出した”という
B級映画もいいとこの理由で出会った男の子と何故か晩御飯を食べていた。
どちらが誘ったかも覚えていない。


その男の子と、好きな映画監督の話をするのは楽しかった。
私はB級映画が好きなのだ。だが、周りの女の子は映画のタイトルすら知らなくて
話にならなかった。
だからウンチク合戦のようなこの会話がすごく楽しかった。
それに男の子の無邪気な笑顔がちょっとまぶしい。


きっとこの子は大学生くらいなんだろうな。ジーパンはちょっと擦り切れていてビンテージ物かも。お洒落でカッコいい。顔もなかなか可愛い顔してるよね。


そんな事を考えていたら、いつの間にか頭痛は消えていた。
なんだろう気分が楽だ。


「この映画監督について、こんなに話せるなんて初めて…。」
自分で言いながら、このセリフに違和感を覚えた。
ん?


原因に気が付いたとき、また気分が沈んでいくのが分かった。
ああ、”あの人”とも、そういえば話をしたんだった。
あんなに楽しかったのに…。それから、もう一人…誰だっけ…?
記憶はあいまいで、ぼんやりと人影だけが頭の隅でちらついた。


ブブブブブ
その時、携帯が鳴った。飛びつくが如く、急いで携帯のメールを見る。


『ひさしぶり0(^-^)0元気にしてるー(?0?)また遊びに行こうよO(≧▽≦)O早苗』


ちっ―思わず舌打ちをしてしまった。待ってるメールじゃなかったから。


「迷惑メール?多いよね。どこからアドレスって、もれるんだろう?」
男の子はメインのお肉料理をほおばりながら言った。


違う
迷惑メールじゃないんだ
友達からのメール
なのに、舌打ちをした
きっと醜く顔を歪ませて
舌打ちをした


私、最悪…。


恋なんて人生の添え物でしかないと思ってた。
仕事の方が生きがいだと言い聞かせ、他のものは切り捨ててきたつもりだった。
なのに、今の自分は体中の細胞一つ一つまでもが恋をしている。
メールを待つだけの女。くだらない女。それが、こともあろうに自分だとは。
こんな女に成り下がるとは思ってもみなかっ…


カシャンッ!!!


私の手からコップが滑り落ち割れてしまった。
「大丈夫?怪我ない?」
心配そうに顔を覗き込むその顔。その表情。――前にも何処かで……




―大丈夫?怪我ない?
それは蒸し暑い梅雨の頃。私は大学生で、喫茶店でバイトをしていた。
”その人”はお客さんで、コップを割った私の顔を心配そうに覗き込んでいた。
生まれて初めて「恋に落ちる」なんて簡単なんだと思った。思ったというより、感心したとでも言おうか。妙な感じだった。自分が自分でないような。
それから、たびたびお客さんとしてくるその人と話すようになり、付き合うようになるのはそんなに時間がかからなかった。


その人の名前は裕二という。私よりも二つ上の大学生で、就職活動中だ。いつも汗だくでセミナーや説明会に行っていた。
初めてのデートは花火大会。浴衣を着て行ったら、すごくうれしそうな笑顔を見せてくれて、私もすごくうれしそうに笑ったのを覚えてる。
すごい人ごみではぐれないようにそっと握ってくれた手は温かいというよりも熱いくらいだった。


ドーン!!バチバチバチ…
あたりをピンクやオレンジに染めあげる火花。心まで響く花火の振動。今まで見た中で、一番綺麗で一番大きい花火だった。人の感情によって花火の大きさが違って見えるなんて思ってもなかった。すごくすごく大きい花火を私は見たのだ。


毎日のように会って、会っていない時間はメールをしあった。映画を一緒に観て、映画監督についてメールで話し合った。ユージユージユージ…メールの受信boxも送信boxも全部と言っていいほどユージの名前しかないくらい。
いつ来てもいいように私は肌身離さず携帯電話を持っていた。お風呂に入るときでさえ、風呂場の入り口に置いていつ来ても分かるようにしていたくらいだ。


楽しい日々はあっという間に過ぎていく。ユージは就職先も決まり、ゼミで卒論の大詰めを向かえていた。そのころから、だんだんとメールが減ってきたのだ。送信boxにはユージの名前ばかりなのに、受信boxには違う名前ばかりがあった。会えば「忙しい」としか言わなくて、その会う時間も少なくて。


寂しかった。すごく。


毎日、何通もメールを送っても、何日かたって一通一行メールが返ってくるだけだった。寝ても覚めても携帯の画面ばかり見てた。一行のメールのために。
就職活動のときも忙しかったはずなのに、メールをくれた。ゼミはそれもできないほど忙しいのかとちょっと思いながら、就職したら元に戻るかな…なんて考えてた。


だけど、ユージが就職したら、ますます会えず、連絡ももっと少なくなった。メールが1週間で1通くれば良いくらい。私は、それでもメールを待ってた。
錘みたいに重い手足をベットに投げ出し、ボーっと天井を見ながら、片手の携帯は決して手放さなかった。

また、デートするときは何をしようかなんて考えながら。机の引き出しには、玩具屋で買った線香花火がある。今度会ったときは、それを一緒にしたいな。今年の花火大会は忙しいって行けなかったから。その時は、また手をつなぎたいな。
なんて、考えながらあの時の熱い手を思い出したりしてた。


その時、電話が鳴った。飛び起きて、画面を見る。


『Eメール1件』


すごくうれしくって涙が出そう。体中の血が熱くなって、ふわふわした。羽がはえたみたいだ。でも、次の瞬間に羽はもぎ取られてしまった。


『好きな人ができた。別れよう。』


体中の血の気が引いて寒気と吐き気が体中を襲う。体が勝手にぶるぶると震えた。とめようと思っても、意思に反して体の震えはとまらない。――どういうこと? いそいで、ユージに電話する。震える手でうまくボタンが押せない。 留守電になってもあきらめず、何度もかけなおした。出て!お願い!!!!


電話に出たユージ。その後ろで声が聞こえる。
「おっ。ユージの昔の女から電話ーー!」
わーっと盛り上がってる男の人たちの声。飲み会みたいだった。忙しいって…飲み会…?
震える声で、やっと一言だけ。
「好きな人って、どういうこと?」
「それは…。」
弱々しく話すユージよりも後ろの馬鹿共のほうが雄弁だった。
「今、裕二君はサユリちゃんとつきあってまーす。」
「らぶらぶでーす。」etc.......死ね、酔っ払い。重なってはしゃぐ声を呪う。


「ごめん!」
ユージの消え入りそうな声が聞こえた。
もう、私のことは好きじゃないの?いつからなの?その言葉、何で目の前で言ってくれないの?意気地なし!根性なし!
疑問と怒りが台風みたいに巻き起こる。私の口から出たのは、自分でも思ってもみない言葉だった。


「そう。分かった…。」
そう言って、向こうがしゃべる言葉も聞かず電話を切る。涙は出ない。
空っぽだった。自分は人の形をした箱なんじゃないかと思うくらい空虚だった。頭の芯だけ凍てつくぐらい冷たい。


頭が   痛い




「頭が痛い…。」


気が付くと、私はレストランでぼろぼろ泣いていた。男の子が心配そうな顔でこちらを見ている。…誰だっけ?そうか、本屋で会って夕食を一緒に食べていたんだ。


ひざに乗せていた携帯が滑り落ちる。カツーンと小気味いい音をたてて男の子の足元まで転がった。 拾い上げてくれた瞬間、携帯のバイブが震えた。メールだ。


今の私も昔の私と変わらない。恋なんて人生の添え物だと思ってたなんて嘘だ。私、恋ばかりしてる。


社会人になり付き合いはじめた人がいる。あの人も、最初はメールをくれていたのに……今は、来なくなったメールを待ってばかり。不安で不安で仕方なくって、泣きながら夜を過ごしてるのも昔と変わらない。怒りと疑問が渦巻いてるのに、言葉にすらできない。


こんな恋でいいんだろうか?
こんな自分でいいんだろうか?
このまま吐気と頭痛を抱えたままで、その後に何が残るのか?
もう、空っぽな自分はいらない。
いらない。



あの時、引き出しの中にしまってた線香花火。昼間一人でしたら全然綺麗じゃなかった。色あせてて、小さい花火。
もう、いらない。欲しくない。





男の子の手から差し出されている携帯の画面に花火が映った。


―?


「そういえば、今日は花火大会だね。」
窓の外の花火が反射したのだ。窓の向こうで小さく光った。男の子はにっこりと笑う。
「彼からのお誘いじゃない?」



彼からのメールだとしても、そうじゃなくても別れよう。
もうこんな苦しい恋はいらないから。空っぽな自分はいらないから。ちゃんと会ってさよならするんだ。


「大丈夫だよ。」
男の子は優しく言う。その言葉に、体が軽くなったような気がした。ダイジョウブ…。
そう、大丈夫だ。
「携帯、傷ついてないから。」
私の心も傷ついてないから。


「ありがとう。」
私は携帯を受け取り、男の子に礼を言ってレストランをあとにした。
遠くでドーンという花火の音が聞こえる。





カラカラカラ…
アイスコーヒーの氷をかき回す音がしている。
一人残った男は、ストローで氷をもてあそびながらくすくすと笑った。
「できるかな…?」


くすくす…
アイスコーヒーのグラスに小さな花火が映ってる。





2004.8.13.


モノクロワールドとgirls in loveについて
モノクロワールドとは、2003年から1年間、管理人ダウが書いていたテキストサイトのタイトルです。
テキストのシリーズには、「恋する女子達」という恋をテーマに書いた短いお話も入っていました。
このタイトルが今のサイトの名前の原型です。


今、モノクロワールドはなく、
いつ壊れるか分からないパソコンの中にひっそりとテキストたちはいます。
それは何だか寂しいなと思い、またひっそりとgirls in loveにアップしてみました。


検索でひょっこり来てしまったアナタ。
お暇つぶしによろしかったらお読みください。


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