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恋する女子達9 デコ
     ―わー。デコが来たぞー。逃げろー。
―妖怪だろ、お前。おでこのおばけだー。
―それって、はげてるんじゃないよね。
―西田……お前の……って……


ジリリリリリリリリリ


カーテンの隙間から日が射している。
朝か……。
西田さなえは、布団からむくりと起きあがる。


「久しぶりに見ちゃった。昔の夢……。」
私はそう言いながら、頬を触った。涙で濡れていた。
手の甲でぬぐい、洗面所に行く。
鏡を見ると、自分の顔があった。髪は寝癖がついて前髪が上にあがっていた。


おでこが見える。
人よりずっと広いおでこ。
ずっとずっとこのおでこが嫌いだった。
こんなおでこの自分が嫌いだった。
水で前髪をザバザバ濡らす。
また涙が出てきた。


小学校5年の頃、おでこが広いという理由だけでいじめられた事があった。
いつもいつも泣いて帰り、いつもいつも学校に行きたくないと泣いた。
小学校6年でクラス替えがあり、いじめも自然となくなった。
私もおでこをみんなに見せないように努力をした。
中学校の時に……。


はっと我に返り、頬をぱしぱしと2・3回叩いた。
もう過ぎた事なのだ。
嫌な事なんて、思い出さなくていい。
心の傷はいつまでたっても消えないけれど、
見ないふりくらいは出来る。
今までそうしてきたのだ。これからもそうしていく。


私は手早く高校へ行く用意を済ませ、家をあとにした。
学校は自転車で20分くらいの所にある。
近いからという理由でその高校に決めたのだ。


緩やかな坂道を赤い自転車で登っていく。
少し息切れがしてきた頃、後ろから大きな声が聞こえた。
「さぁーーやん!!おっはよーー!!」
猛スピードで来るのは、同じクラスのチュータだ。


「なーなー。今日の数Uの予習してる?見せてくんないかなあ。
オレわかんなかったんだよ。」
チュータは白い八重歯をのぞかせて、無邪気に笑っている。
テニス部に入っているので、肌は日焼けして真っ黒だ。


なんでこんな時に来るんだろう。
心臓のあたりがずーんと重くなって憂鬱になる。


もうすぐ昇り坂が終わってしまう。
そうしたら、下りだ。
自転車なので、坂道ではどうしてもスピードがついて風をきってしまう。
おでこが見えてしまうのではないか心配だった。
だから、誰にも見られないように早めに学校へ向かっているのに、
チュータとは時々通学途中で会ってしまうのだ。
いつもはもう少し先の平地なのに。
しかも、いつもは挨拶だけなのに、なんでこんな時に限って話しかけてくるんだろう。


ああ!坂道が終わっちゃう!


「分かった。学校に着いたらノート見せるから先に行ってよ。」
そっけなく言ってしまった。これじゃ、怒ってるみたいだ。
しまったと思ったんだけど、チュータは気にしてない風に、
「そんなこと言うなよー。一緒に行こうぜぇ。ほらほら、こないださあ……。」
とぺらぺらと話はじめた。


やだ。やめてよ。早く行ってよ。
そう目で訴えるんだけど、気がつかないようだ。
今日のチュータは何か言いたいみたいだった。
そのきっかけを探しているような……。


ブワッ


いきなり突風が吹いた。
「!?きゃっ!」
あわてて前髪を押さえた。
とたんにスカートがふわりと風を含んでめくれあがった。
「☆○×▲◆◎〜!!!」
意味不明な言葉を叫びながら、私はスカートを押さえる。


とたんに


前髪が
前髪が


おでこが
おでこが


まわりの風景がスローモーションになる。
私はゆっくりとチュータの方を向いた。
彼の大きな目は
おでこを見ていた。


見られた!


動揺した私はバランスを崩し、派手に転んでしまった。
「だ……大丈夫!?」
チュータは、あわてて自転車を降りる。


「うん。なんとか。」
自転車の車輪はからからと小気味いい音をたてながら回っていた。
よく見ると足から血が出ている。
血を見たとたんジンジンと痛みが足に広がってきた。


心もそれに呼応するかのようにどくどくと脈打ってきた。


おでこ見られた。


「さーやんってさ。」
チュータが呟くように言う。


―西田……お前の……って……


昔の嫌な思い出が頭をよぎった。
やめてよ。もう思い出さないで。


―西田、お前の……おでこって……


忘れようよ。昔のことなんか。
過ぎた事なのに。


「さーやんのおでこって……」


聞きたくない!!


「!?どうしたの!?」
チュータがおろおろする。
私がぼろぼろと泣き崩れてしまったのだ。
なんでなんで寄りにもよってチュータに見られてしまったんだろう。
一番見られたくない人に。


あの時もそうだった。


私はおでこをみんなに見せないように努力をしていた。
中学校の時に、好きな人ができた。




あれは文化祭の準備の時。
その好きな人と二人っきりになれたことがあった。
二人っきりで看板を黙々と描いていた。
恥ずかしすぎて話しかけられなかったのだ。
その日は、9月も後半だというのに暑くて暑くて
緊張も手伝って、汗がじっとりとにじんできた。
何を思ったのか私は、いつもは絶対にしないのに私は、
前髪をかきあげて汗をぬぐってしまったのだ。
しまったと思ったときには遅くって、その人はおもむろに言ったのだ。


―西田、お前のおでこってなんか気持ちわりいな。




「……気持ち悪い……。」
泣きながら呟くと、チュータはあわてて近くの神社までおぶって行ってくれた。
木陰がひんやりとして涼しい。
チュータはタオルを水で濡らして持って来てくれた。
顔を見れなくて、タオルを受け取らずにいると、
頭にタオルを当てられた。
前髪がタオルに巻き込まれてむきだしになった。


声が出ない
動けない


「西田。お前のおでこって……」


言わないで
言わないで
その続きは
もう聞いたから
もう聞きたくないから


「綺麗だな。」


私はぽかんとした。
一瞬何を言っているのか分からなかった。
キレイ―?


チュータはむこうを向いて言う。


「オレ、前から思ってたんだよ。
お前のおでこって綺麗だなって。
お前のおでこ……す……すき……好きなんだ。」


表情は見えなかったけど、耳が真っ赤になっているのだけ見えた。
私は急に顔が熱くなった。
濡れたタオルのせいでおでこだけがすーすーする。
久しぶりに前髪があがってるせいかもしれない。


ちょっとだけおでこが好きになれたような気がした。
ちょっとだけ勇気を出して思った事を言ってみた。


「おでこだけ……好きなの?」


チュータは、すごーーく困った顔をして情けない声で、
「全部。」
と言ってくれた。


おでこを初めていとおしいと思った。


2003.9.7.


モノクロワールドとgirls in loveについて
モノクロワールドとは、2003年から1年間、管理人ダウが書いていたテキストサイトのタイトルです。
テキストのシリーズには、「恋する女子達」という恋をテーマに書いた短いお話も入っていました。
このタイトルが今のサイトの名前の原型です。


今、モノクロワールドはなく、
いつ壊れるか分からないパソコンの中にひっそりとテキストたちはいます。
それは何だか寂しいなと思い、またひっそりとgirls in loveにアップしてみました。


検索でひょっこり来てしまったアナタ。
お暇つぶしによろしかったらお読みください。


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