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爆弾


爆弾




じめじめとした空気は私の肺にも入りこみ、
脳までひたひたに満たしてしまったようだった。
梅雨時期の空気は乾かない黴臭い洗濯物の臭いと
みっちりと交じり合いぞわぞわと増殖する。


生きていくのがこんなに辛いとは
何故それでも尚生きていくのか


何が辛いのか問われたらしばらくの空白の内
私はこう答えるだろう。
「何も。」


―そう。他人から見れば、別段これといって辛くはないのだ。
だが、辛い。
空虚な心の周りをひりひりと焼け焦げる肉の塊が包んでいる。
それが私。
これを辛いといって何が悪いのか。


原因は分からない。
遺伝なのか何かのトラウマなのか
いや
私が全て悪いのだ。


全世界に謝りたい。
何を謝るのか、それはおいおい考えるとして。
地べたに頭を摩り付けて謝りたい。
涙を流しながら。
そうすれば、何人かは許してくれるかもしれない。
私の全てを と贅沢は言わない。
ただ存在のみを許してくれればそれでよい。


嗚呼。
何故、急に昔の事を思い出してしまうのか。
いえ、お聞かせするようなことではありません。
お聞かせできるような事でもありません。
些細な事が、昔のいやあな思い出がたまに十か二十か
いっぺんに頭の中をよぎる。
私にとっては立っていられないほどだが、
他人が聞けばなんと些細な事かと笑われる。
私は小さな人間。


筆箱の中の奥底のほうにある白い塊。
それさえ飲めば私は楽になれるのに。
誰か私を楽にしてください。
お願いします。
誰かお願いします。


きっとそのような願いは無力だろう。
それは分かっている。
世の中は私の思いを無視して流れる。
いや、私の存在すら無視して流れていく。


存在を誰かに認めてもらいたくて外に出た。
もう夕暮れだった。
夕暮れというよりも夜か。
近所の果物屋しか開いていなかった。
温かな光に虫のように吸いこまれていった。


野菜はかなり急な台の上に載せられている。
人参の赤だとかその葉の緑だとかが
夜のランプの灯りに照らされて
油絵のようになっていた。


自然というものは摩訶不思議である。
このように美しいものを気の遠くなるほどの年月をかけて
作り上げるのだから。


その中に奴は光っていた。
私は思わず息をのんだ。
紡錘形をレモンエロウの奴は王者の様に真ん中に
鎮座していた。


手に取り、店の親父に金を渡す。
私はゆっくりと鞄の中に奴を入れた。


本で似たようなものを読んだことがあるぞ。
丸善の絵画の本を積み上げた
その上に奴を置いて逃げるのだ。
それは爆弾なのだ。丸善を木っ端微塵に…。


不意にある考えが私の頭の中をよぎった。
その奇妙なたくらみはむしろ私を興奮させた。


―どこかにこの爆弾を仕掛けて私は、なに食わぬ顔をして外へ出る。―


くすくすと笑い。この素敵な考えを実行しようと橋むこうへ向かった。
空には星がいくつか出始めている。
まるでゴッホの糸杉のような。
鞄の中には小さな爆弾。
これ以上の狂気があろうか。
いや、ない。


蒸し蒸しとした気持ち悪いこの空気も
鬱陶しいこの世の中も
そして自分も
消えてなくなれ


私は足早に橙色の街灯を避けて橋を渡っていった。


2004.4.19. 
モノクロワールド
     モノクロワールドとは、2003年から1年間、管理人ダウが書いていたテキストサイトのタイトルです。
テキストのシリーズには、「恋する女子達」という恋をテーマに書いた短いお話も入っていました。
このタイトルが今のサイトの名前の原型です。


今、モノクロワールドはなく、
いつ壊れるか分からないパソコンの中にひっそりとテキストたちはいます。
それは何だか寂しいなと思い、またひっそりとgirls in loveにアップしてみました。


検索でひょっこり来てしまったアナタ。
お暇つぶしによろしかったらお読みください。


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