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「ふざけんなぁああああ!!!!!こるらぁああああ!!!!」
がごっっっっ!!!!!!!


叫び声とともに轟音が部屋の中に響いた。
「やめてぇえええええ!!!」
女の泣き叫ぶ声が聞こえた。


白髪の体格のいい老人がゆっくりと床に倒れる。
持っていたバットはぐにゃりと歪む。


ばたーん


倒れた衝撃で老人の首がもげた。
ころころころ
転がってきた老人の顔はかなり


営業スマイル


「ボテトがちぃせえんだよぉぉぉぉ!!!このケンタの手先がぁ!!!!」
そう、老人はケンタ○キーの店頭にいたり、大阪のドブ川に捨てられる例の人形だ。
「やめてぇぇえええ!!
あたしがどんなに苦労して持って帰ってきたと思ってるのぉおおおお!!!」
バットを振り上げる女の足に、
泣き叫ぶ女が長い黒髪を振り乱してしがみついている。


ここは地獄。かもしれない。


「…良美さん。それ持って、どうやって帰ったんですか?」
僕は、壁にもたれながら泣き叫ぶ女に尋ねた。
彼女の名は、良美。
二十数歳。バツ一。子持ち。親権無し。
「うう…そりゃ、あんた。電車に決まってるでしょーー。」


良美さんは鼻水を15cmほどたらしながら答えた。
顔がぐちゃぐちゃだ。
電車に乗せるときには電車賃も払ったのだろうか。
ふとどうでもいいような疑問がわいたがバットの女の笑い声にかき消された。


「あーーはっはっはっは!!!」
意味も無く曲がったバットで素振りをしている。
びゅおっ びゅおっ
とてつもなく当たりそうで危ないんですけど。
175cmと長身の彼女の手足はほっそりと長くかなりの範囲をバットがうなっている。
僕は部屋の隅のほうに避難し、こそこそと床に落ちているゴミを拾う。
ほとんどが酒の缶や瓶で、それ以外はつまみの袋だ。


「そんな事してるとお酒が回りますよ。
町子さん。」


この大笑いしてるバット女の名前は、町子。
無職。非納税者。そして、ザル。


町子さんは素振りに満足したのか
一升瓶のまま日本酒をごくごくと旨そうに飲んだ。
純米大吟醸なのに…もったいない。
足元には達筆な字で雄町米と書かれた包み紙が丸められて落ちている。
僕は眼鏡を人差し指で直しながら上目使いに町子さんを見た。


町子さんはショートボブで少し茶色がかった髪をかきあげる。
幸せそうな顔をしていた。
どうしてそんなに楽しそうなのだろう。
いつもいつも


そう「いつも」だ。
僕は何故か毎日大学やバイトの帰りに寄ってお酒を飲んでいる。
町子さんは僕が何者かとか何も聞かない。
ただお酒を飲んで暴れるだけだ。
楽しそうに。


「ベコ!!」
突然、町子さんが僕の名前を呼んだ。
本当の名前は違うがここではそう呼ばれている。
「なんですか?」
僕はめんどくさそうに振り返ると、驚きのあまりのけぞってしまい
思いっきり壁に頭をぶつけてしまった。


そこには、くねくねした町子さんがいた。
「玄関のゴミ片付けてくれないかしらぁ。うふ。」
「うげぇ!?ま…町子さん??生ゴミでも食べたんですか??」
町子さんはくねくねしながらセーターの毛玉をぶちぶちと取り始めた。
「ああ。彼が来たんだ。車があるね。」
良美さんが窓から外を見下ろしている。
「かっ…彼!!??」
あまりの衝撃に僕は鼻水が鼻からブッと飛び出た。
この毛玉だらけのセーターを着た女に男がいるのか?
このゴミだらけの所に男が来るのか?
そもそも僕と良美さんはいてもいいのか?
というか、僕は男だぞ!


「に…逃げなきゃ…。」
本能がそう告げている。
腰を低くして玄関に向かうドアを開けた。


そこには
ビールの缶が床一面に広がっていた。
広がっているというよりも層が出来ている。
「だーかーらー。この玄関を片付けてってばぁ(ハート)」
語尾にハートを入れながら町子さんは、
あっけにとらわれ固まっている僕の延髄にかかとを入れる。
僕は前のめりにビールの缶の層に突っ込んだ。
がらがらがら…すごい音をたててビール缶は崩れていく。
目の前がぐにゃりと歪んだ。
ビールの嫌な臭いが鼻をついた。


「大変だ。これを片付けなきゃ…。」
僕はふらふらと立ち上がりゴミ袋に缶を手で入れ始めた。
早くしないと今にも町子さんの男が来てしまうような気がした。
町子さんの男…想像が出来ない。
それだけに恐ろしさが倍増した。


「馬鹿ねえ。そんなんじゃ、日が暮れちゃうわよ。」
良美さんの声が聞こえたと思ったら、
ザババババ
すごい音がした。
まな板の面で缶の層を隣の部屋まで押しやっている。
2・3回すると”玄関は”綺麗になった。
良美さん…慣れている…?


その時、コツコツコツと廊下を歩く足音が聞こえた。
町子さんはそわそわとしながらセーターの毛玉をとりまくっていた。
床には、うっすらと毛玉の山が出来ていた。
僕は隠れるのも忘れて、立ち止まりゴクリと唾を飲みこんだ。


ピンポーン


来た!!


「はぁーーい!!」
町子さんは裏返った声で叫んだ。絶叫に近い。
ドアの向こうから聞こえてきたのは、


「お届けものでーす。」


という間の抜けたものだった。
…。
ズル
僕は力つきて床に座り込んだ。
町子さんは本当に飛んで出ていった。
片方の足のスリッパは脱げたが気が付かなかったらしい。
片方だけはいて出ていった。


はい!はい!と元気のいい町子さんの声だけが聞こえる。
窓の外を見ながら生酒を瓶のまま飲んでいる良美さんに
恐る恐る尋ねる。
「町子さんの男って…。」
「はあ?なによ、男って?」
そういえば、”彼が来た”とは言ったけど、
それは”彼氏が来た”とは言ってない。
「最近、町子って、たまに来る宅配便のおにいさんにラブなのよね。」
良美さんはにやにやしながら言った。なんだか嬉しそうだ。


「はあーー。」
それ以上に嬉しそうな町子さんが帰ってきた。表情が昇天している。


「僕、そろそろ帰ります。」
僕は異常に疲れてしまっていた。
ずれた眼鏡を直す気力もない。


ふらふらと立ちあがり上着を着ていると
町子さんはお構いなしに小包をびりびりと開けていた。


「うおぉぉぉおおお。」
町子さんは先ほどの可愛い声とうって変わった低い声で叫んだ。
「酒だ!」
青い透明感のある瓶を高々と持ち上げていた。
また日本酒かい。
瓶にあたった光が町子さんの顔を照らしてキラキラ輝いている。


そうか。
僕は一人納得した。
この人は、お酒が本当に好きなんだ。
だから、毎日こんな幸せそうな顔をしているんだ。


僕は2人に背を向けて手を振りながら玄関に出た。
ドアを開けて部屋から出るときに中から、
「また明日なー。」
と、町子さんの声がした。
多分、僕も幸せそうな顔をしているのだろう。
僕も酒好きで、こんな居心地のいい場所があるのだから。


2003.12.7.
モノクロワールド
     モノクロワールドとは、2003年から1年間、管理人ダウが書いていたテキストサイトのタイトルです。
テキストのシリーズには、「恋する女子達」という恋をテーマに書いた短いお話も入っていました。
このタイトルが今のサイトの名前の原型です。


今、モノクロワールドはなく、
いつ壊れるか分からないパソコンの中にひっそりとテキストたちはいます。
それは何だか寂しいなと思い、またひっそりとgirls in loveにアップしてみました。


検索でひょっこり来てしまったアナタ。
お暇つぶしによろしかったらお読みください。


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