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冷たい部屋
「でねえ、一週間ほど酒と塩だけで過ごしてたら
空が七色に見えてきたわけよ!綺麗だったあ…。」


恍惚の笑みを浮かべながら良美さんはマグカップの中のジンを飲み干す。
ここはいつもの町子さんの部屋だ。
僕と良美さんの周りにはライムやらレモンやら
柑橘系の切ったものと絞りかすがあたり一面ころがり
いい香りが立ち込めていた。


「ところで町子さん。何してるんですか?」
僕は後ろを振り返り、何かごそごそしている町子さんのほうを向いた。
「あ?うるせー、眼鏡野郎。これでも、もってろ!」
町子さんはそういうなり、
どさどさどさっと、本の山を僕のひざの上に乗っける。
「なんですか、これ?凄く重いんですけ…ぶっ!」
文句を言ったとたんに顔面めがけて雑誌が飛んできた。


それにしても、この人は何を読んでいるんだろう。
この雑誌、字がアラビア語なんですけど。


「きゃー。これ、アルバムじゃない!なつかしー。」
アラビア語って右から読むんだよなと、考え込んでいると
良美さんが何も考えず本の山の下側からアルバムらしきものを引っこ抜いた。
ばさばさばさ…本の山は無残にも崩れ落ちていく。
町子さんに延髄を蹴られる気がして、
とっさに首を手で隠しながら振り向くと彼女は真剣に何かをしていて
こっちには興味がないようだった。
それはそれで少し寂しい。断じて僕はマゾではないけれど。


良美さんの方を見るときゃあきゃあ一人で騒ぎながら
アルバムを見ている。
今日の良美さんはなんだかいつもよりテンションが高い気がした。
覗き見るとやっぱり酒を飲んでいる写真だった。
ビールのグラスの大きさがピッチャーくらいある。
というか、ピッチャーなんじゃないのだろうか。
化け物みたいなグラスを一人一杯ずつ持って楽しそうに飲んでいた。


…にしても、いっしょに飲んでる人たちが国籍不明。
明らかに日本国民ではない顔をしている。
そういえば、僕のことを聞かれない代わりに
僕も二人のことを何も知らない。
もしかしたら、過去の話が聞けるかも…!?
僕はその期待にどきどきしてきた。


ひらり


僕のコップのそばに一枚の写真が落ちてきた。
ん?
拾いあげてみるとそこには一人の女の人が座っている姿が写っていた。
髪で表情は隠れて判らないけれども…
「もしかして、町子さんですか?」


良美さんはひょいと写真を覗きこんだかと思うと、
「ああ…まだ残ってたのね…。その女、町子よ。」
と急にテンションが下がってしまった。


そこにはピッチャー片手に煙草を吸っている町子さんがいた。
ピッチャーも凄いが、煙草の吸い方も町子さんらしかった。
3本いっぺんに吸っているのだ。
人差し指から小指までの指と指の間にそれぞれはさんでいる。
「あれ?」
ふと僕はあることに気がついた。
町子さんって煙草吸うのだろうかという事だ。
僕が町子さんとあってからは一度も吸っているところを見たことがない。
煙草の匂いもしなかった。


がらららら


町子さんは窓を思いきりよく開けた。
新鮮で冷たい空気が流れてくる。
温かな日の光が町子さんを包んだ。少し眩しい。


「いい天気だな。」


町子さんは眩しそうに空を眺めながらひとり言のように呟いた。
息が白い。


ピンポーン
チャイムが鳴る。
また宅配便のお兄さんだろうか?
良美さんがマグカップの中を見つめたまま、町子さんに言った。


「フィアンセがお目見えよ。」


……。
はあ!!???
僕の鼻から鼻水が出たけど、そんな事はどうでも良かった。
「フィアンセェ?」
裏返った声で僕は弱々しい声をあげる。
そういえば、いつの間にか部屋が綺麗になってる。
散らばっていた柑橘類の残骸も本の山もなくなっていた。
気がつかなかったが町子さんは片づけをしていたのだ。


町子さんは真っ直ぐに前を向き玄関に出ていく。
いつもの町子さんとは違った。
浮かれていない。少し緊張した面持ちだった気がする。
玄関と居間を隔ててるドアは仰々しいくらいの音をたてて閉まる。
僕は聴覚に全神経を集中させる。
それだけしかできない自分がもどかしい。


「町子!会いたかったよ!!」
男の嬉しそうな声が聞こえた。町子さんの声は小さいのか聞こえない。
男の声は高くて甘ったるい声だった。
どんな男なのだろう……。


ドアが開く……そこには
いつもは見せない
町子さんの優しげな笑顔と


小学生の男の子がいた。
町子さんの腰の辺りにまとわりついている。


短パンにトレーナー。
髪はマッシュルームカットみたいに綺麗に耳の上でそろえている。
白くて綺麗な肌だったが、目の下のほくろがやけに目立った。


くす。僕は思わず吹き出した。
「やだなー。良美さん驚かさないで下さいよ。
こんにちは、ボク。町子さんの親戚かな?
日曜だから休みで遊びに来たんだね。」
くすくすくす。
僕はくすくす笑いが止まらなくなってしばらく笑っていた。


「誰?このおじさん。」
小学生が不機嫌な顔をして町子さんの顔を見上げる。
ぐさり。おじさん…。
そりゃ、僕は小学生から見たらおじさんかもしれないけれど
実際に言われるときつい。


言葉をなくしていると、
町子さんはその男の子の頭を優しくなでながら諭すように言う。
「そんなに不機嫌になるんじゃないよ。ほら、挨拶しな。」
小学生はぶすっとした顔でお辞儀をした。


「町子のフィアンセのシイナ コスモです。」


ちちちち…
鳥が空を飛んでいた。それだけは覚えてる。
何も考えられなくて、無意識に良美さんの方を向いた。
助けて欲しかったのかもしれない。
良美さんはマグカップを見たまま一言だけ言った。


「本当よ。」


僕の心臓がきゅうと小さくなるのが分かった。
僕はどうしてしまったのだろう。


「コスモ。DVD借りてきたんだ。あっちの部屋で観よう。」
町子さんは、その男の子だけしか見ていなかった。
優しい笑顔はその子のものだというかのように
こっちは一度も見てくれなかった。


開けた窓から風が入ってくる。
その風は僕の胸を通りぬけて行った。
ぽっかりと大きな穴が僕の胸に開いていた。
楽しげな二人の声はすでに僕の耳には入ってこない。


部屋は
この部屋はつめたく冷え切ってしまった。


2004.1.10.
モノクロワールド
     モノクロワールドとは、2003年から1年間、管理人ダウが書いていたテキストサイトのタイトルです。
テキストのシリーズには、「恋する女子達」という恋をテーマに書いた短いお話も入っていました。
このタイトルが今のサイトの名前の原型です。


今、モノクロワールドはなく、
いつ壊れるか分からないパソコンの中にひっそりとテキストたちはいます。
それは何だか寂しいなと思い、またひっそりとgirls in loveにアップしてみました。


検索でひょっこり来てしまったアナタ。
お暇つぶしによろしかったらお読みください。


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