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こんなにも人は一瞬で変わるものなのか?

こんなの恋をしない方が嘘だ。







愛は自分の部屋で空を見つめていた。ふと気がつくと昨日の事を思い出している自分がいた。

赤い夕焼けの中、息がかかるくらい近くで見つめ合ったあの瞬間。血まみれのあの人はとても綺麗だった。

あの人は、真鍋 駿という名前らしい。昨日転入してきたばかりの2年生だった。あの後、彼は救急車で運ばれて行った。幸い、愛には怪我はなかった。

自分も怪我をしたかった。自分の白い腕を見ながら何も怪我一つしてない腕をねたましく思う。

「今日はあの人をお見舞いに行こう。」
鏡を見ながら独り言を言った。あの人に会える。そう思っただけで、胸は高鳴った。そわそわとして何だか落ちつかなくて、足が地についてないかのようだった。
食欲がなくて、昨日あれから少ししか食べていなかった。あの人のことを思うだけで胸がいっぱいで食べられないのだ。

ほう……

ため息をつく。昨日とは比べ物にならない暖かいため息だった。

ヴヴヴヴヴヴ

携帯が鳴った。誰だろう。
出てみると、隣のダイちゃんだった。

「今日、写真のモデルやってくれるって言ってただろう。用意したから、今から行くよ。」
ダイちゃんははりきった声で、それだけ言って携帯を切りそうになる。愛はあわてて言った。
「ちょっ…ちょっとまってよ!私、いいって言ってないわよ。」
「えー。そんなあ。もう先輩にメイク頼んでるんだよ。あ、着いた。」

ピンポーン

着いたという声と共にチャイムが鳴らされた。頭が痛い……愛は頭を抱えた。まだ起きたまま寝巻き姿だった。頭もぼさぼさだ。とことこと階段を降りてドアを開ける。
「まだ顔も洗ってないんだから。強引にこないでよ!」
ダイちゃんは苦笑いをしながらたははと笑った。
「そう怒るなよ。あ、この人がメイクしてくれる田畑 真奈美さん。真奈美さんってみんなから呼ばれてる。」
後ろには綺麗な女の人が立っていた。とたんに愛は自分の格好を思い出し赤面した。

「あ……どうも。」
やっと、それだけ声が出せた。どうにもならないくしゃくしゃ頭を撫で付け、押さえようとする。

「こんにちは。朝早くからごめんなさいね。大吾がはやくはやくっていそぐものだから。」
にっこりと笑って真奈美さんは言った。彼女は、少し茶色の髪が肩まであって、ブルーのシャツとGパン姿だ。手には少し大きめの黒い箱を持っていた。
「じゃ、こっちは任せます。俺は隣の自分ちで待ってるから。」
ダイちゃんはさっさと自分の家に戻ってしまった。

真奈美さんと二人っきりになってしまった。愛の父母は仕事でいない。愛は一人っ子なので家には他に誰もいない。うわ。知らない人と2人っきりなんて……愛は人見知りをする方なのでとたんにしゃべれなくなってしまう。沈黙を破ったのは真奈美さんだった。
「じゃ、シャワー浴びてもらおうか。」
頭をくしゃくしゃと撫でられた。暖かい手だった。
こくんと愛は頷いた。

熱いシャワーで体を洗ったあと、うぶげを真奈美さんに剃ってもらって、パックして、その間にマニキュアを塗って。マニキュアが乾く頃にはすっかり真奈美さんとも打ち解けていた。
真奈美さんは大学一年生。ダイちゃんと同じ写真部の元先輩で最近メイクにこっているらしい。そこで、ダイちゃんが女の子の写真を撮るというのでメイク係に立候補したのだ。
「うふふ。こんな可愛い子のメイクができるなんて幸せー。」
本当に嬉しそうに真奈美さんは言った。

黒い箱はメイク道具だった。下地を念入りにつけて、ファンデーションを塗る。
人にメイクしてもらうのって何だか気持ちいい。何だか大事に大事にされてるって感じなのよね。大事な卵を温められている感じ。今の自分の心の中と一緒だ。暖かくって心地よい。
「メイクって気持ちいいんですね。」
愛はあまり表情を崩さないように気を付けながら言った。
「でしょー。」
それだけ言って、アイライナーを、ぐっとひいて、ビューラーでまつげをクルンとさせ、マスカラを薄く3回塗った。

「一番いいメイクって知ってる?」
「?どういう意味ですか?ナチュラルメイクとか?」
チークをさしながらいう。
「恋よ。これにかなうものはないわ。肌が輝くの。ピンクのラブいオーラが出てくるの。本当よ。ちょっと口紅つけるから喋らないでね。」
口紅を塗って、グロスをつける。唇がぽったりしていいそうだ。
口紅を塗られている間、考える。恋か―恋って言葉を聞いただけで、体中の血が逆流するような気がした。私も今恋をしている。じゃあ、昨日と違う自分がいるんだろうか。私なんかが綺麗になったりするのだろうか。

◆◆◆◆

「大吾。出来たわよ!!」
玄関で大声を出して真奈美さんが呼んでいる。
「うへえ……時間かかるねえ。」
そう呟きながら大吾は居間のテレビを消して玄関に出ていった。

愛にメイクをする気はなかったのに真奈美さんがうるさく言ったせいで、メイクすることになった。大吾の写真には華やかさが足りないのよ。とか何とか言われた。確かに自分の写真は簡素な感じがする。
それは分かっていた。
でも、その簡素な感じがいいんじゃないかとも思う。だから、愛をモデルにしようと思ったのだ。
お隣さんで気心が知れてるのもよかったが、素朴で純粋な所がよかった。
それに、愛自身はそうは思っていないようだが、美人だ。くせっ毛を隠すためのおさげ頭を何とかすればかなりいい線いってる。
まあ、化粧もナチュラルメイクにって言ったからそんなに変わってないだろう。そう、高をくくって玄関に出ていった。

見た瞬間に頭の中が真っ白になった。
そこには見たこともない人がいた。

ふわふわの髪。大きな目。艶やかなさくらんぼみたいな唇。白い肌はうっすらと上気している。

こんなにも人は一瞬で変わるものなのか?

真っ白なワンピースを着た愛はまるで妖精のようだった。

異次元に来たような感覚だった。

裏山に池があるのでそこで写真を撮ることにしていた。どう行ったのかは覚えていない。記憶はかなり曖昧だった。脳に甘い痺れがあった。

夢中でシャッターを押したことは覚えてる。

レンズ越しに見る愛は本当に別人だった。化粧をしたからだけじゃない。中身から違う。笑顔は儚げで、硝子の作り物のように壊れてしまいそうだった。だからこそ、きらきらと輝いていた。天上から降りてきた天女の雲が取り巻いているように、愛の周りだけ空気が違った。

僕だけに微笑んでいてくれる。本当はカメラに向かって笑顔を向けているのだろうが、そんなことには気がつかなかった。レンズ越しの僕だけの妖精だった。

こんなの恋をしない方が嘘だ。

夢中で撮ったせいで、フィルムは用意した分がすぐに済んでしまった。フィルムが済んだと同時にパラパラと雨が降りだした。

夢の終わりだ。

胸は締め付けられるように苦しかった。愛の指の真っ赤なマニキュアがやけに印象的だった。

◆◆◆◆

撮影は無事に終わった。愛は緊張しながらも、何とか笑顔を保ったつもりだった。うまく出来たのだろうか?ダイちゃんは今まで見た事もないくらい真剣な表情で写真を撮っていた。口数もずいぶん少なかった。愛の姿を見た瞬間からなんだか変な感じだった。

「どうしたんでしょう。ダイちゃん。」
真奈美さんに尋ねた。今は、真奈美さんの車の中だった。帰るついでに真鍋君が入院している病院にお見舞いに連れて行ってもらっているのだ。この綺麗になった姿を見てもらいたかった。自分でも信じられないくらい変わっていた。手には真っ赤な薔薇の花を抱えていた。

真奈美さんはニヤニヤ笑っている。
「さーねー。」
なんなのだろう。ダイちゃんも真奈美さんもなんだか変だ。
「今からお見舞いに行く子って彼氏?」
おもむろに真奈美さんが訊いてきた。
「違います!」
真っ赤になって否定する。
「石膏の人形が落ちてきた所をかばって助けてくれたんです。」
薔薇にちょっと顔を静める。大人の香りがした。
「それで、怪我しちゃって……。」
真っ赤な世界。流れる血。赤い肌。まるでこの薔薇の花びらみたいな色。

「その子に惚れちゃった?助けてくれた騎士に。」
ややあって真奈美さんが言った。
「え……どうして……。」
愛は言葉をなくす。
「だって、恋してる肌してるもの。ほっぺがピンク色で輝いてる。」
「ええ!?」
心を見透かされているようで恥ずかしくなり、愛は頬を押さえた。
「自分では気付いてないようだけど、表情だって。たまにドキッとするくらい大人っぽい艶かしい表情してるわよ。」
真奈美さんはふふんと鼻で笑った。
「図星でしょ。」
愛は耳まで真っ赤になる。そして、こくんと頷いた。優子にも言ってないのに。優子に心の中で謝った。真奈美さんはおねえさんって感じだった。なんか頼りになりそうな。相談したくなるような。

愛は恐る恐る聞いた。
「恋ってどんな感じですか?」
真奈美さんは目をまん丸にして驚く。
「もしかして恋したことないの?」
また愛はこくんと頷いた。
「きゃー!かわいー!!」
わしわしと頭を撫でる。何だか複雑な気分だ。

赤信号になったとき愛のほうを向いて真剣な顔をして言った。
「よぉーく聞きなさい。いい?恋ってのはね。一番片思いのときが楽しいんだから、精一杯楽しみなさい!それだけ!!」
本当にそれだけ言うとまたまっすぐ前を向いてしまった。
「どういうことですか?片思いが楽しいって?」
優子はつらいといっていた。あれは両想いになってからの話なのだろうか?両想いの方が幸せだと思うんだけど……。分からない。どういうことか聞きたいけど、真奈美さんはもうなにも教えてくれなさそうだった。彼女は、くすぐったいようなクスクス笑いをずっとしていた。

「着いたわよ。んー。疲れた。」
車から降りた真奈美さんは、伸びをしながら言った。
「ありがとうございました。帰りはバスで帰ります。」
ふかぶかとお辞儀をしながらいうと、頭に真奈美さんの手が降りてきた。なでなで。真奈美さん……この手触り気に入ったな。
「これ、私の携帯の番号。また恋の悩みがあったら電話してちょーだい!」

心地よい重低音を響かせながら真奈美さんの車は行ってしまった。
振り返るとそこには真っ白な病院の建物があった。ここに真鍋君がいるんだ。あらためて考えるとどきどきしてきた。手に汗がじっとりとにじむ。
「よし!」
ふんっと、気合を入れて病院へと踏み出した。

◆◆◆◆

コンコンコン

真鍋 駿と書かれたプレートのドアをノックする。愛は緊張していた。足ががくがくしている。優子についてきてもらえばよかった。今更ながら後悔している。

「はい」
奥から声が聞こえた。恐る恐るドアを開ける。
白いベットの上に真鍋君はいた。頭に白い包帯を巻いている。痛々しかった。
「あ……あの……。」
何を言うか考えてきたつもりだが、真鍋君を目の前にしたら頭の中が真っ白になってしまった。
個室なので真鍋君だけだった。お母さんもいないらしい。二人っきりだ。心臓が高鳴る。

「君、小宮山 愛さんって言うんだね。」
真鍋君が喋った。冷たい声だった。感情を全て押し殺したような声だった。じっと愛を見つめる。
愛はぞっとした。自分をかばって怪我をしたのだ。嫌われて当然かもしれない。そう思い当たって、手がぶるぶると震えた。花がさわさわと揺れる。

「ごめんなさい!私のせいで!!」
愛は頭を下げた。
「いいよ。もうそんなこと……。」
冷たい声。愛は頭を上げられなかった。
「なんで……じゃないんだ。」
真鍋君が小さく呟いた。―?なに?そういえば、あのときも”なんで”って言ってた。どういうことなのだろう。愛は顔を上げ一歩近づく。

遠くで雷鳴が聞こえた。

ざあああ―激しい雨が降り始める。

夕立だろう。

うつむいていた真鍋君が顔を上げた。苦しそうな顔だった。息が出来ない魚みたいな。陸に上がった人魚姫は最初こんなくるしそうな顔して肺呼吸したのかもしれない。

「つきあわないか―?」

真鍋君がおもむろに言ったので、一瞬愛は理解できなかった。

ピカ!!!

稲妻が走る。部屋が白と黒の世界になる。

ゴロゴロゴロ

激しい雨だ。

夕立だろう。

すぐに止む。

「つきあおう。」

真鍋君は苦しそうな顔をしたままもう一度言った。
愛の手からばさりと真っ赤な薔薇の花が落ちた。



2003.7.10.第3話に続く
モノクロワールド
     モノクロワールドとは、2003年から1年間、管理人ダウが書いていたテキストサイトのタイトルです。
テキストのシリーズには、「恋する女子達」という恋をテーマに書いた短いお話も入っていました。
このタイトルが今のサイトの名前の原型です。


今、モノクロワールドはなく、
いつ壊れるか分からないパソコンの中にひっそりとテキストたちはいます。
それは何だか寂しいなと思い、またひっそりとgirls in loveにアップしてみました。


検索でひょっこり来てしまったアナタ。
お暇つぶしによろしかったらお読みください。


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